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大長編ドラえもん「のび太とアニマル惑星」を読む

藤子・F・不二雄作品の Kindle 化が進んでおり、長く絶版状態にあった「オバケのQ太郎」も気軽に読めるようになったのでファンとしては嬉しい限り。というわけで今回は「大長編ドラえもん」から「のび太とアニマル惑星」を紹介したい。(激しいネタバレあり)

この作品の舞台は動物たちが平和に暮らす「アニマル惑星」である。動物の世界が舞台という点では第3作「大魔境」と共通しているが、さすがにアフリカが人外魔境という設定はもう無理と思ったのか、アニマル惑星は地球から遠く離れた星系にある。また犬だけで成り立つ「大魔境」と違ってこちらは多種多様な動物(魚類も含む)が平和に共存している。戦争がないので軍隊もなく、治安もたいへん良いらしく警官は町にひとりだけ。政情不安定や地上げ屋に慢性的に悩まされる大長編世界で、アニマル惑星は際立って理想郷として描かれている。

F先生の大人向けSF短編であれば「肉食動物が草食動物を食べて生態系が成り立つ」とかいう描写を普通に入れそうな気がするが、本作は「ドラえもん」であるため、食糧供給は光合成技術により成り立ち、エネルギー供給はドラえもんをして「こんな効率のいいものは二十二世紀にもない」と言わしめる太陽電池によって成立している。理想郷は自然への回帰ではなく高度な科学技術による、という思想がかいま見える気もする。

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この世界には建国神話として「月に住んでいた先祖が、神様の手によってニムゲという悪魔を逃れてこの星に来た」というものがある。このニムゲというのは人間のことであり、アニマル惑星は環境破壊や核戦争によって文明崩壊した人間の星との連星系になっていたのだ。

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のび太たちはアニマル惑星を、前半はのび太の家に偶然現れた「ピンクのもや」で、後半は宇宙救命ボートで行き来することになる。その途中で地球の環境破壊の現状が紹介される。解説役はのび太のママ。大長編では珍しくちゃんとした役割がある。

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こんな具合で「のび太とアニマル惑星」は「現状のままでは地球が文明崩壊してニムゲの星のようになってしまう」というわかりやすい寓話として構成されている。寓話要素の高めなドラえもんの中でも、この話はとくに直接的な構成になっている。悪く言えば説教臭い話である。

実際のところ、F先生は文明崩壊について相当な危機感を持っていたように思う。環境破壊や核戦争で人類滅亡というのはSF短編で繰り返し提示されるパターンだ。「のび太と雲の王国」「海底鬼岩城」でも、人間(地上人)は地球を汚す存在として描かれている。

このタイプの寓話はさすがにドラえもん時代に「やりつくされた」と感じたのか、90年代以降は岩明均の「寄生獣」に代表されるように、むしろ人間の立場を相対化した作品が人気を博すようになる。ソ連崩壊で全面核戦争のリアリティも失われ、ノストラダムスに予言された滅亡の99年を過ぎると、ニムゲの星のような終末論的世界観はSF世界の王道から忘れ去られつつあるように思う。ここらでひとつ「ドラえもん」を読み返して、この時代に提起された問題にあらためて思いを馳せてみたい。